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精神分裂的思考の原因は何か?


『がんばれ公明党』の人々が、何故、精神分裂的思考をするのか考えてみましょう。長々と書くのが面倒なので、〈疑似論理〉と事実と本質を参考にします。

<疑似論理>というものがあります。<疑似論理>は、「被害者」を「加害者」にし、「加害者」を「被害者」にする論理です。そして欧米の非共産主義左翼は<疑似論理>を否定しますが、日本の左翼は<疑似論理>を使用するのです。

〈疑似論理〉と事実と本質で、NHKvs朝日を例に挙げています。『がんばれ公明党』の人々は、朝日を支持していますので、NHKvs朝日(『がんばれ公明党』の人々)という図式になります。蛇足ですが、問題となった「女性国際戦犯法廷」には北朝鮮の工作員が検事役にいましたし、『「女性国際戦犯法廷」に対する冒とくと誹謗中傷を許さない日朝女性の緊急集会』には、『朝鮮総連広報担当者』がいました。どうしても朝日新聞が、北朝鮮シンパの「ちょうにち新聞」と揶揄されていますが。『がんばれ公明党』の人々もまた北朝鮮のシンパなのでしょうか?

まず「被害者」は誰か。この場合、「直接の」とか「本当の」などの形容や限定は無しである。このような「形容や限定」から〈疑似論理〉が働き始めることをまずはしっかりと頭に入れておかなければならない。
 
で、「被害者」は誰かと言えば、もし記事がウソなら安倍・中川氏であり、記事が本当ならウソを書いたと騒がれた『朝日』である。「加害者」はこれの裏返しで、記事がウソなら『朝日』であり、本当なら安倍・中川氏ということになる。
 
つまり記事の真偽が「加害」と「被害」を決めるのであって、それ以上でも以下でもない。これは論理的な結論であり、異論を差し挟む余地はない。ところが、「左翼」はこのような「論理」を「形式主義」だとして排除する。このような「論理」はある物事を全体的関連の中から切り離して眺めた場合にのみ当てはまるのであって、逆に全体的関連から切り離して「形式」化した時点ですでにそれは政治的な意味合いを帯びているのだ、と。今回の場合で言えば、「言った」「言わない」の「形式」化の前に、その問題の置かれていた状況を見るべきなのである、と。
 
「形式」化に対置して「全体的関連」を持ち出すのはいいとして、問題なのは、その「全体」の中からいかにして「部分」たる「状況」が抜き出されてくるのか、その過程が一切不明であることだ。今回の場合で言えば、番組の改編は太陽系の中の地球の上で起こった事件なのだが、これと太陽黒点の数とはどのような「関連」があるのだろうか。大乗仏教からライプニッツを経て現在のエコロジーに到るまで、「関連」の思考にはこのような方法論的難問が常につきまとうのに、「左翼」はここに「本質」という梯子を掛けることで一気に結論を出してしまう。
 
別に「本質」という言葉を使わなくてもいい。たとえば「直接の」「本当の」という「限定」を加えるだけでも充分である。今回の事件でも、たとえ『朝日』の捏造が明らかになったとしても、「確かに直接の被害者は安倍・中川氏だったかもしれないが、本当の被害者を見失ってはならないのである」などと、「直接」と「本当」を使うだけでいとも簡単に「被害者」と「加害者」をすり替えることができるのである
 
つまり些細な「現実」の、その裏には重大な「本質」が隠れており、その「本質」から眺めれば実はその「現実」の「被害」と「加害」は逆転する、というわけで、ここでミソなのは、誰が、どうやって、その「本質」を認識したのか、その過程が一切不明のまま隠されてあることだ。
 
もちろん「左翼」的には自民党権力のマスコミへの政治介入など証明するまでもない「本質」であり、そこを離れた「事実」など取るに足らぬ「現象」に過ぎない(実はこのような「本質」によって「現象」を裁断することへの不信感から現代の西洋左翼は出発しているのだが、そんなことは日本の「左翼」にとってはどうでもいいことだ。実際、現在の日本の「左翼」にとってヨーロッパの左翼ほど疎ましい存在はない何せ場合によっては他国への軍事介入さえ肯定するのだから旧ユーゴ紛争へのNATOの介入を支持した左翼ハバーマスへの日本「左翼」の怨嗟の声!)。「現象」のみを見てモノを言うなよ、しっかり「本質」を見据えなさい。ほらほら、見えてきたでしょう、悪辣な安倍・中川がいたいけな市民団体やNHKに圧力をかけている様子が。圧力をかけた証拠? 君はバカか! 安倍・中川がそんな証拠を残すとでも思っているのかね。「本質」を見なさい、「本質」を、そうすればこの世も違って見えてくる――。

長いけれど、引用しました。『がんばれ公明党』の人々は、<疑似論理>によって、自分の都合の良い主張をしているだけなのですね(笑) 『がんばれ公明党』の人々は、自分の主張が否定されると、「そんな現象ではなく、本質を見ろよ」というわけです。南京大虐殺は「死者の数という現象ではなく、殺したという本質を見ろよ」、従軍慰安婦は「日本政府や日本軍の関与という現象ではなく、売春を強制されたという本質を見ろよ」、強制連行は「国民徴用令によって日本国籍の者を徴用したという現象ではなく、労働を強制されたという本質を見ろよ」というわけです。

だから『がんばれ公明党』の人々には、次のように言いましょう。「創価学会がカルトかどうかという現象ではなく、創価学会によって苦しんでいる人間がいるという本質を見ろよ」(笑)

果たして『がんばれ公明党』の人々は、自己の論理的欠陥に気が付くのでしょうか?


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