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異常なメンタリティ


『がんばれ公明党』の人々は、ネットにいる創価学会員の集まりです。それも日蓮大聖人の法華経でなければ成仏できないを正しいとする、もっとも激しい法華経信者で、だからこそ週刊誌による創価学会批判に対して憤ります。

しかし『がんばれ公明党』の人々は、反日教育には何にも関心を持ちません。むしろ反日教育は、良いことだとさえ言うのです。これは、本当に異常なことです。

日本国内での創価学会批判は、出版社の一部門によるものでしかありません。しかし、中国・韓国・北朝鮮での反日教育は、国家によるプロパガンダです。週刊新潮の創価学会批判よりも、中国・韓国・北朝鮮の日本批判の方が、規模が大きく、さらに教育であるがゆえに、影響力が大きいのです。

にも関わらず、『がんばれ公明党』の人々は、反日プロパガンダを認めるのです。ならば、かつて公明党も創価学会も犯罪を犯したことは事実であるのだから、創価学会批判を認めるべきでしょう。これを認めないから、『がんばれ公明党』の人々は、異常なのです。

逆に、週刊新潮の創価学会批判を認めたくないなら、国家によるプロパガンダであるところの中国・韓国・北朝鮮での反日教育も認めなければ良いだけのことです。捏造批判を否定するなら、すべての捏造批判を否定しなければ筋は通らないのは、言うまでもないことでしょう。

ところで………@は、公明党・創価学会批判を擁護する際に、筋を通したいと考えています。………@は、自分が公明党・創価学会批判を擁護する論法を使う資格を持たんがために、他の事柄においても同じ論法を使うように心がけているわけです。だから上記のような言い方になるのですね。

『がんばれ公明党』の人々は、これを理解できないのですね。『がんばれ公明党』の人々は、公明党・創価学会批判を擁護する際に用いる論理と、他で使う論理が異なるのです。さらに言えば、その場さえ凌げれば良いだけなので、あっちで使った理屈と、こっちで使った理屈が、真逆でも構わないのです。わかりにくければ、某野球関係者氏の発言を例にあげれば良いでしょう。星○氏は、落合が巨人と喧嘩して退団になった時に「1選手がオーナーに意見するなんて何事や」と批判してたのですが、今度は渡辺恒夫氏の「たかが選手」発言を非難したのです。『がんばれ公明党』の人々は、こうした二枚舌なのですね(笑)

そんなわけで、………@にしてやられるのです。でもこれは当然のことです。人権を守れと言いながら、チベット人(中国によるチベット人の虐待)や日本人(北朝鮮による日本人拉致事件の無視)の人権を守らないのは、まさにおかしいのですから(笑)

拉致事件は、確かに公明党は国会で疑義を呈していますが、外国に行った可能性に関して言及しただけであって、その後は小泉訪朝まで無視してきました。日蓮大聖人によれば、悪を看過する者も悪なのですから、公明党・創価学会は悪なのです。あれこれ言い訳したところで、所詮、通俗的な言い訳にしか過ぎません。日蓮の弟子として己を問うならば、悪と断ずる以外できないでしょう。繰り返しになりますが、『がんばれ公明党』の人々は、こう思えないのですから、エセ日蓮の弟子でもあるわけですね(笑)

そうそう一番、最近のことを忘れていました。『がんばれ公明党』の人々は、とにかく対話で解決するべきだと主張していたにも関わらず、………@との対話を拒絶したことも、異常なメンタリティの一つですよね。何故なら『がんばれ公明党』の人々は、北朝鮮との対話を諦めて、圧力をかけるべきだという主張に反対していたのです。にも関わらず、『がんばれ公明党』の人々は、………@との対話を拒否し追い出したのです。これは、まさに対話の否定です(笑) 『がんばれ公明党』の人々は、北朝鮮との対話を頑迷に支持する一方で、………@との対話を拒絶するのですから、二枚舌呼ばわれされても仕方がないですよね? それとも、やっぱり北朝鮮シンパなのでしょうか?(笑)

結局、『がんばれ公明党』の人々は、あちこちの意見をツギハギにして、上辺だけを整えているだけで、常識があると思っている傲慢な方々なのです。まあ、創価学会の教学が西洋哲学をツギハギにして誤魔化しているだけの代物であって、それを素晴らしいと信じられる方々なのですから、当然といえば当然なのですが(笑) せめて創価学会の教学に疑問を持ち、東洋哲学研究所(創価学会の仏教研究機関)の出版物を読んで、一本筋の通った仏法を学んでいれば、こんな異常なメンタリティの持ち主にはならないのですが、無理なんでしょうね(笑) 法華経を迹とし、便宜的に説明に用いた西洋哲学を本としていることに、気が付いていいないのが証拠でしょう。

『がんばれ公明党』の人々は、仏教の基礎がなっていないがゆえに、法華経を真に理解することができず、したがって謗法を実践しているとは憐れなことです。これは宗派の正統性とは無縁の話で、つまり日蓮宗や日蓮正宗との争いとは別の話で、単に仏教の枠組みの中で法華経を学んでいるかどうかの話です。『がんばれ公明党』の人々は、仏教の枠組みのなかで法華経を理解することを寺信心と切って捨てる方々なので、きっと理解できないでしょう(笑) だって『がんばれ公明党』の人々は、西洋哲学に基づいて法華経を理解することしかできないのですから。

『がんばれ公明党』の人々は、仏教徒を自認する西洋哲学かぶれで、このことを認められない可哀想な方々なのです。だから辻褄が合わなくても、何にも気にしないでいられるのです。『がんばれ公明党』の人々が欲しているのは、己が絶対的に正しいと信じていられる状態なのです。そして己が絶対的に正しいと信じていられるならば、論理的に間違っていても構わないのです。だから、あっちで肯定した理屈を、こっちでは否定できるのです。こんな異常な人々なのです。


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