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管理人JIROと愉快な仲間たち(参)


………@(私)による最後の書き込みであり、削除されたものです。

JIRO氏へ:言論弾圧事件まで習うことないのに(笑)

以前、創価仏法研鑚掲示板(http://jbbs.shitaraba.com/study/3764/)の小野氏の方が、理解できると言ったことを覚えているでしょう? 小野氏にとっての正論は、まさに方便で、「誰が何を言おうと、俺は公明党・創価学会が好きなんだ」と開き直るがゆえに「嫌なら支持するな。辞めろ」と言うのです。JIRO氏に比べたら、小野氏の姿勢の方が遥かにマシだし、比べること自体が小野氏に悪いでしょうね。

JIRO氏のようなタイプの人間は、ここの住人の多くもそうですが、信心に覚悟がなければ、小野氏のような開き直りもありません。だから公明党・創価学会を、その時々で誤魔化すように擁護するのです。それで誤魔化しがツギハギだらけになり、食い違いを指摘され、自身の醜さを突きつけられると、相手にレッテルを貼ることしかできなくなるのです。私に「詭弁」「右翼」「どこかの政党」「あほ」とレッテルを貼りつけた人は、皆、そうなんですよ。あれこれ言う前に、自身の醜さを自覚したらどうですか?

自身の醜さを自覚すれば、言うべきことは簡単です。JIRO氏は、「俺は、サブローやギターマンが好きなんだ。あいつらは俺の ト モ ダ チ だ。………なんて奴は、トモダチじゃねえし、でえっ嫌いだ。勘違いするのも程々にしやがれ。俺がルールだ。俺が嫌いな奴は、がん公にはいらねえ。わかったら、さっさと出て行きやがれ」とでも言えば良いんですよ(笑)

常識人ぶって正論を掲げるから駄目なのです。所詮、エセ常識人なんだから、正論を掲げたところで、天に唾する行為なのは言うまでも無いでしょう? 現にJIRO氏は、自身の御都合主義を暴露され、仲間を庇おうとして醜態をさらしている始末です(笑)

正論なんか掲げないでも、良いのではありませんか? 常識人の仮面を外して「お ま え は き ら い だ。で て い け」と言えば良いでしょう? 「気に入った奴しか住人として認めない」というルールにすれば良いのですよ。

>●掲示板のご利用に関してのお願い
>◎管理人(私)も人間ですので、好き嫌いを理由に、立ち入り禁止を命じることがあります。
http://homepage2.nifty.com/voice-komei/html/info.html

との一文を加えれば良いのです(笑)

おじさん氏他との議論もそうですが、何故、相手が間違っていると言うだけで、自分や相手の価値観を考えられないのでしょうか? どんな正論であっても、科学的であるがゆえに反証可能性があり、同じだけ正しい反論があります。だから最後は、好き嫌いの問題になるんですよ。大きな政府と小さな政府のどちらが正しいか証明できますか? どちらも正しいから、結局は好みの問題ですよね(笑)

きっと信心でも、他人に批判・否定されると、確信が揺らぐんでしょう。揺るぎない確信であるなら「創価学会の教えが間違っている? それがどうした。俺は創価学会で行くんだ」となるし、自分が確信しているからこそ「確信できないなら見つめ直せ(辞めろ)」となります。しかし確信のない信心だと「創価学会の教えが間違っている? ……この『詭弁』『右翼』」となるのです。ここの住人にもいますよね?(笑)

Re[1]: JIRO氏へ:言論弾圧事件まで習うことないのに(笑)

「国を愛する心」で論議を参照して下さい。
http://www.komei.or.jp/news/daily/2004/0610_05.html

公明党の主張は次です。

<言語の意味>
国:領土、国民、統治機構
国を愛する:領土、国民、統治機構を愛する

<教育の賛否>
○領土、国民を愛する教育
×統治機構を愛する教育

<法案の条文>
×郷土と国を愛する心
○郷土と国を大切にする心

以上のように、公明党は、良い愛国心(領土、国民を愛する)と悪い愛国心(統治機構を愛する)を区別し、良い愛国心を教育しようと言っているのです。なんとまあ、私の意見そのものではないでしょうか?(笑)

ともあれ(1)郷土と国を愛する心(2)郷土と国を大切にする心、の二案で再度検討することになりました。しかし公明党の「統治機構を愛することまでは教育上できない」と、自民党の「自民党といえども、政府を愛してくださいという教育をしろということを、教育基本法の中に書けるわけがない」は、全く同じです。公明党と自民党の言語的感覚の問題に過ぎません。

私の言語的感覚からすれば、「郷土と国」と併記するから悪いのであって、平仮名の「くに」なら、統治機構としての政府を想起しないと考えます。牧口先生の郷土教育は、郷土を愛する心が広がって、国を愛する心となり、されに広がると世界を愛する心となる、というものです。「師の教え、実現せり」とは、なんと喜ばしいことでしょう。

ともあれ公明党は、愛国心を全否定するJIRO氏や住人を切り捨てたのです。これからどうするのでしょうか? 自身の理想を貫いて反公明党に転じるのですか? それとも自身の理想を捨てて公明党を支持するのですか?

Re[2]: JIRO氏へ:言論弾圧事件まで習うことないのに(笑)

公明党が、無名の一有権者を無視することは、創価桜氏の署名活動や、輸入CD問題の国会答弁で明らかになりました。公明党は、盗聴法、国旗・国歌法、イラク問題、教育基本法、憲法改正、などの問題で、右派に転じ、自民党寄りの政策へと舵を切りました。

これらは、私が指摘あるいは予測したことであり、また希望したことでもあります。一方で、JIRO氏や住人にとっては、ありえないことであり、望まなかったことです。公明党は、私の政治的立場へとシフトし、JIRO氏や住人を切り捨てたのです。

当然、私は、私の判断基準に従って、公明党支持が視野に入ってきました(元々、地元では公明党支持)。しかしJIRO氏や住人は、自らの良心に従うなら、公明党支持は難しいでしょう。

JIRO氏や住人は、理想をかなぐり捨ててでも組織に付いて行く創価仏法研鑚掲示板(http://jbbs.shitaraba.com/study/3764/)の小野氏となるのでしょうか? それとも理想を貫くがゆえに、現在の公明党では支持できないとするのでしょうか?

ここで問題になるのは、小野氏が政教一致的支持をしているのに対して、JIRO氏や住人が、政教不一致=人物本位の立場を表明していることです。つまり良心に従うなら、小野氏の公明党支持はできないのです。

わかるでしょうか? 現在の公明党であるならば、『JIRO氏や住人は、不良公明党支持者あるいは公明党不支持層』なのです。私に再三に渡って指摘されながらも、公明党応援サイトで頑張ることしかできないので、腹が立つんでしょうね(笑) でも「政治と信仰は違う」のでしょう?(笑)

Re[3]: JIRO氏へ:言論弾圧事件まで習うことないのに(笑)

結局は、信心の姿勢が問題なんですよ。政治版と言う一方で、長屋と言い、レッテル貼りを容認して、井戸端会議に終始させるわけですからね(笑) ディスカッションルームは、議論の場ではなく、馴れ合いの場に過ぎないのですから(笑)

基礎知識を既知のものとして語れば、理解できない。基礎知識を説明すると、長いので読めない。あげくの果てには「歴史は知っている」(自分は知識があるんだ)といった発言が飛び出す。そのくせ、何も理解できないわけですから(笑)

何かを極めようとする者は、学べば学ぶほど自らの未熟さを痛感します。だからこそ自分が他分野では素人であることを自覚します(私が自分を学生レベルと言う理由)。教学も同じであり、真剣に教学を究めようとしているならば、安易に「歴史は知っている」などとは言いません。また無学者は、自覚しているので、こんな発言はしません。

「歴史は知っている」という発言一つとっても、信心の姿勢の是非を判断できるのです。教養のある者は、教学を究めた信心によって成仏します。無学な者は、愚直な信心によって成仏します。

「歴史は知っている」という中途半端が一番悪いのです。下手に教養があるから見栄があって愚直になれず、教学を究めようにも難しいという二重苦なのです。そして見栄が嫉みや妬みとなって、同じ創価学会員に向かったり(本部職員に少なくない)、他宗批判になったりします。創価学会員であることに満足し、それだけで成仏できると錯覚して、「邪教の人たちよりも幸福だよね」と言うのです(笑) これでは創価学会という組織に属しているだけで、信心も何もあったものではないのですが、気が付かないし、指摘されると怒るだけという(笑) こういうのが多いから、幹部によって教えに食い違いがあったりするのですが…

創価学会員の大部分は、こうした食い違いを無視して馴れ合ってますし、同じようにJIRO氏や住人は井戸端会議をして馴れ合っているわけです。まあ創価学会員であることに満足し切っている人には、それで十分なのでしょう。

では、

>●掲示板のご利用に関してのお願い
>◎管理人(私)も人間ですので、好き嫌いを理由に、立ち入り禁止を命じることがあります。
http://homepage2.nifty.com/voice-komei/html/info.html

の一文が入ることを祈っています。


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