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常連は、どうコメントしたのか?(5)


『がんばれ公明党』で非常連が、中国・韓国・北朝鮮の反日姿勢に言及しました。それに対する常連のコメントのチェックの続きです。

求む!中国擁護派の方

ズンドコ氏が、「中国原潜、領海侵犯は意図的 日米に対抗、実戦的訓練」という産経新聞の記事を紹介して、改めて中国批判を始めました。しかし『がんばれ公明党』の人々は、次のように、論点をズラして行きます(笑)

fやん「創価学会というところは,思想が基本だと思います。御書を心肝に染め,三代会長の思想を学んだ弟子たちが思想闘争をしているのだと考えています。そうすると,学会員である限り,その思想には一定の幅があるのではないかと思うのです。その範囲を外れる(と思われる)と,当然ながら学会員として認知されません。学会員として認知されるためには,いかに自身の考えが,先に挙げたような所謂「学会思想」と矛盾しないかを証明しなければなりません。そうでないと,学会員としての同一性が保持されません。ですから,教学の場合は,「我見」「邪義」などと言って戒めあってきたのでした。政治的見解においても過去との連続性を無視したような見解は0点です」

これは全くの大嘘でしょう。………@(私が)「御都合主義を嗤う−牧口常三郎への裏切り(1)−」「御都合主義を嗤う−牧口常三郎への裏切り(2)−」で明らかにしたように、『がんばれ公明党』の人々は、牧口・戸田路線を否定します。つまり『がんばれ公明党』の人々は、池田路線を肯定しない(否定する)と、創価学会員ではないとするのです

fやん「良質な保守派とは,自身の歴史を重んじ,その思想に忠実であることだと思います。最近の由来のはっきりしない政治的意見は,思想ですらありませんが,少なくとも学会思想に由来していないことだけは確かなようです。学会は思想が基本だといいました。助師以上の人は,つねに文証,理証,現証と呪文のように唱えて新思想と対峙しなければなりません。「で,その見解は誰の意見なの」「学会の平和主義とどう矛盾無く説明するの」「その政策にどういった利益があるの」という具合に反問し,自問しなければならないと思います」

fやん氏こそ、牧口先生の人生地理学を読んだ方が良いでしょう。永遠の指導者である牧口先生を無視するその態度こそ、創価学会員ではないと言えるのではないでしょうか? それと「文証,理証,現証」は、政治では言えません。

fやん「また,保守と聞いて,国家主義を持ち出すのもステレオタイプだと感じます。私の文
章を再度読んでいただければ,国家主義的なニュアンスなど無いはずです。そもそも
国家主義や社会主義などというものは,歴史的に見れば,新しい思想だと思います。
歴史的な検証を経ないまま社会実験をしたのが20世紀ですが,その結果が悲惨なも
のであったことは,世界中の人間の歴史的経験となったのではないでしょうか。学会
思想は,釈尊,天台・伝教,日蓮という思想的系譜に連なっています。2000年を
生き延びてきた思想なのです。ある意味,超保守と言っても良いでしょう。そうした
歴史,文化を大切にすることが「保守」なのです。
いま考えるべきなのは,学会思想をどのよ
うにして政治的な文脈にのせるかだと思います。公明党がそれをうまくやっているかど
うかについては学会員の中でも見解が分かれているのは皆さんご存じの通り。もう少し
具体的にこうあるべきだと論じる場にココがなっていくのが理想ですが,理想と現実の
分裂はここにもありますね」
おじさん「池田
SGI会長が称揚するガンジーの思想が,日蓮仏法,法華経の不軽菩薩が示す規範に合致していることについては,しばしば言われてきましたが,最近では,「潮」1月号(「緑の革命」と「心の革命」)に次のように書かれています」

日本山妙法寺の藤井日達上人が、ガンジーを摂受したのですから、ガンジーの思想が法華経の影響を受けているのは当然です

おじさん「池田
一個の人間の可能性を無限に開き、社会変革を成し遂げようとの思想は、仏教の精髄であり、宇宙と生命の根源の「法」である「一念三千」の実践に通じるものです。
仏典でも、仏の覚った真理を「サティヤ」と呼びますが、漢訳教典では、「四(聖)諦」などで「諦」等と訳されています。
大乗仏教の精華である法華経が明かした真理の中核は、「あらゆる生命は尊厳であり、平等である」という法理です。そして、その真理の実践が、不軽菩薩が行った万人尊敬の行動なのです。
(スワミナサンは省略)
池田
そうです。権力の魔性が猛威を振るった十三世紀の日本において、その真理の実践を貫いたのが日蓮でした。日蓮は”正義と真実を把握し、それに基づいてこそ平和で幸福な社会を建設できるという「立正安国」の思想を、命を賭して訴え続けました。
その精神闘争は、ガンジーの非暴力・不服従運動の精神と深く共鳴し合うものがあります。」
平和実現の具体的方策も非暴力の中にしかないというのが,法華経の思想であり,日蓮仏法の思想であり,ひいては学会の思想であると断定せざるをえないのではありませんか。
内面に非暴力の精神を培い,それによってのみ平和な世界を建設できるということが述べられています。内面に非暴力の精神がなければ,世界の平和は実現できないし,日蓮が命を賭して訴えたことが無に帰してしまうと言われているのではありませんか。
これに真っ向から反することを言う人は,日蓮仏法に帰依しているとは言えないと思います。

法華経には、「あらゆる生命は尊厳であり、平等である」などとはありません。法華経は、女性が死後に、男性となって成仏するとしたところに意義あると言われています。つまり男女平等に成仏できると言ったのです。

しかし成仏できるというのは、人間には皆仏性(仏になる可能性)が備わっていると言っているに過ぎません。「将来、仏様になるのだから、大事にしなければならない」ということであり、人間には、貧富の差があれば、能力の差もあり、他にも様々な差があるのです。その差を区別で留め、差別に転化しないために、「すべからく人間を大事にせよ」という考えになるだけなのです。

また日蓮は、正しい宗教によって国家が安泰になるという思想から、立正安国論を記したのです。平和や平等に賛成するから日蓮信者なのではなく、日蓮信者だから平和や平等に賛成するのです。そして忘れてはならないのは日蓮は、他宗を邪宗として弾劾したことでしょう。日蓮仏法を掲げるならば、宗教を否定する共産主義を掲げる中国・北朝鮮を容認することはありえないのです

猿が島「1980年代終わりだったでしょうか、当時一般紙において矢野委員長が「公明党は社会主義インターへの参加を考えている」と表明したことが記事になりました。
一概にこれで「社会主義路線を標榜した」と断定はできませんが、確かにこのように左派的であったことは当時から知る会員、支持者であれば理解できずとも首を横にふることはできないでしょう。
これを「○○○的社会主義」(○○○は言葉忘れた)と当時呼ばれ、同じS会員の中でも資本家の部類に入る患部らでさへ小馬鹿にしておったことは事実サルも見ている。
ただ矢野辞職以後、ご存知のように「中道」という言葉一色に転換しはじめたことも事実でしょう。さらに、石田体制に入ってより一層右傾化?(体制寄り)に転換したことも、当時を知るウオッチャー氏らなら誰でも知ってるこただあ〜な。
以上、事実のみお答えいたしました
あと、アメリカ国内においても「右翼、左翼」の言葉を使われておるようですが、これは「戦争支持者、反戦平和主義者」との分類であります。
ってことになると、日本において、否、Sの内部においても「戦争支持者、反戦平和主義者」の二者択一になるのでありましょうか。
「好戦的S員と反戦的S員」の共存? で、今はたまたま「好戦的S員」が党を支配し優勢な状態!?
どちらに傾こうが同じく愛国者であることに違いはなかろ〜、きっと。
問題は「血を好むか否か」だな」

まず猿が島氏は、矢野以前=左翼=反戦、矢野以後=右翼=好戦としています。しかし「社会主義インターナショナル」は、第一・第二の議会主義を模索する欧州型と第三(コミンテルン)のボマルクス=レーニン主義の共産主義とがあります。そして欧州型の社会民主主義は、国防・安全保障の面では重武装路線で、日本の「社会民主党」のような主張はしていません「社会主義インターナショナル」は、国防軍を保持し、集団的自衛権を認めるのです。この集団的自衛権を認めるからこそ、後のEU体制発足へと進むのですね。だから猿が島氏が、何故、日本の「社民党」の主張をするのか理解に苦しむのです。

このように、ズンドコ氏が目指した中国の議論は、できないのでありました(笑)


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